2016/07/26

日々のこと7月


気がついたら7月も終わりで、親の入院生活が始まった。
都知事選で鳥越さんの公約の中に癌についての項目があって
それでまた、根本的な癌の治療についてもやもやと考えてしまった。

今までの薬が効かなくなって、新しい薬にするために入院するのだけれど。
それはもう慣れているはずで、こういう治療を受け入れている親の生き方も
人それぞれだからいいのだ、とだいぶ思えるようになったけれど。
やっぱり、抗がん剤ってどうなの?ということと
そこにからんでいるであろう利権とか
他の治療が安くるような状況にならないこととか
そんなことを考えると
どれだけ早期発見しても、もっと治療法変えていかないと
みんなぼろぼろになってしまうじゃない、と思ってしまう。
そこまで言及してくれたら、いいのになぁ。

副作用で大変な状況になっても、
それでも「治療」という言葉で「生きている」と思える。
思えることは大切。きっと。
でも、と思ってしまう。
でも、そうなのかな。

もしも自分が今癌が発見されたら
私はどんな治療法を選ぶだろう。
いや、選べるほどお金ないなぁ。
でも抗がん剤は嫌だなぁ。
そしたら、思いっきり笑って生きて死ぬかなぁ。
それは今子供がいないからかなぁ。
子供や自分自身の家族がいたら、いやでも抗がん剤治療するかなぁ。

肌荒れやむくみやいろんな副作用を抱えて
その副作用のための薬も追加で飲んでいる親を見ていて
たまに、そんなにがんばらなくていいんだよ
と、悲しくなってしまう時もあるけれど
親は親なりの強さなり優しさなり生きることへの力があるのだ。

本当の優しさってなんだろう。
「治療」とか「生きる」とかなんなのだろう

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