2016/03/12

あの日と今日



あの日、どこにいた?
という話をするときに、
私は自転車に乗っていたので
道路
と答えると、だいたい「え?」という顔をされる。
家に帰る途中で前を走っていた車が止まって
何か空気が変だと止まると地面が揺れていた。
電線もしなっていて家から人が出てきた。
携帯を家に忘れていたから、誰かと連絡をとることもできない。

こわくてこわくてひとりで震えながら家にたどり着いて
急いでテレビをつけると、そこには田んぼをのみこむ波と
その先に逃げる車があって
こんな状況を中継するような現実が信じられなくて
頭の中が嘘だ嘘だとまっしろになった。
中継している場合じゃない、なぜ助けに行かないの?
その間も余震があって、古いアパートはこわいくらいの音をたてて揺れて
そのたびに外に飛び出した。

あのリアルタイムでみた映像のこわさを
感じた感覚をまだちゃんと言葉にできない。
一生懸命伝えても、どこかに溝を感じる。

黙祷をしながら、あの日の外の空気の不気味な揺れと
映像を思い出して、静かに胸がざわっとぎゅっとなって気が遠くなりそうだった。

明日、何かが起こるかもしれない。
隣にいる人に会えなくなるかもしれない。

そう思ったら、隣で背を向けてパソコンのキーボードを打ってる人に
いろんなことを伝えたくなったけれど
どう言葉にすればいいのかわからなかった。
大切な人たちを、時間を、場所を、生活を、ちゃんと大切にしたい。

「あの地震で変わらなかった人なんているの?」
と言われてはっとした。
変わらないようにみえる人もどこかですべてが変わっているのだろう。
そこに思い至らない自分はまだまだだなぁと思った

あの時間を経て作り続けている
どうコミットできるのか模索しながら。
変わらなかった人がいないように
どこかでつながっているのだろう
ちゃんと大切にできれば。