2018/12/11

12/10のこと




展開が目まぐるしくて頭がついていかない。


バイト中、携帯をふと見たら、母が急変したと連絡が入って慌てて早上がりさせてもらう。
昨日、元気で一緒にごはん食べたのに。全くわけがわからない。
病院に着いたら、見たことのない必死な顔で母が一生懸命呼吸をしていた。
寝ると苦しいからと、急変した明け方3時頃からずっと背筋を伸ばして呼吸のできない恐怖と戦っていたらしい。

手術室があくのが昼過ぎだからと、酸素吸入だけ鼻につけられただけで、ただただ苦しい時間をすごす。
普段弱音をはかない母が、苦しいとか早く麻酔を打ってほしいと父に頼むので、泣かないようにこちらが落ち着いて、背中や肩をさすり続ける。
癌の進行が早すぎて、このまま目の前で窒息してしまったらどうしようとか不安がよぎるけど、そんな不安に負けたら、母が本当に亡くなってしまうかもしれない。と、浮かぶたびに消す。
母にとって、明け方3時から、手術の14時まではどれだけ苦しく怖い長い時間だったのだろう。
手術が終わり、ICUで面会したら、
もう諦めようかと思った。
とつぶやいた。
諦めないでくれて、本当によかった。どこからが救急なのか、わけがわからなくなる時間だった。

母の急変を受けて子供2人連れて来た妹は、長男が体調不良で途中でもどしてしまい、私が駅まで迎えに行ったりと、なかなか慌ただしい1日だった。


その中でバイト先の社員さんが、仕事より家族を大事にしてください!と言い切ってくれて、どれだけ楽になったか。感謝しかない。

2018/12/07

12/7のこと



転院することになったという緊急の電話を父からもらった時、
頭の中に
朝見た日めくりの言葉と絵が浮かんだ。

どうしても壁を超えないといけないとき、
そのままよじ登るというシンプル且つ力技が有効な時もある。

気管支にできた癌の位置が悪すぎる上に
成長が早く、このまま何もしなければ
1〜2週間。
処置できたとしても、脳に転移した癌の進行もあるから
覚悟してください。と。

思わぬところからのボデイブロウ。

親が黙っていた脳の転移面積の拡大。
黙っていた間、母はどれだけ不安だったんだろう。
咳をしながら死ぬ事を近く感じていたんだろうか。

救急車で運ばれて向かった転院先で、
一時的な処置とはいえ
どうにか気管支に空気を通すような手術を
することになった。

母は今までにないくらい生きるパワーが小さかった。

この先の限られた時間を見た上で
周りに気を使ってなんでもなさそうな
頼みごとを私に振ってきた。

パート先のロッカーからエプロンやもらった手紙全てを
持ち帰ってくること。
孫のお宮参りに行けないからお祝いを買うこと。
おせちの注文をすること。
ベッド周りをきれいにすること。

私の中の小さな子供が
いやだ!と叫ぶ。
今のこの状況全てに対して。
大人になったら
嫌なことがなくなるのではなく
うまく言い訳できるようになっただけなんだ。
本当は
あの頃のまま
いやだいやだ
と泣き叫んでいるのだ。
自分の力ではどうしようもできない
何か大きな力に対して。

12/5のこと




そう。幸せなことにはなかなか気づけない。

定期検診へ行った母がそのまま入院になった。
ずっと咳が止まらず、薬も効かず。
肺がんで、咳が止まらないって嫌な予感しかしなかったけれど
病院へ行ったら?と勧めて
行ってきたと報告受けて安心していたら
どうやらレントゲンなど取らなかったらしい。
定期検診でレントゲンを取ってみたら
左の肺が真っ白で機能しておらず
そのまま入院となった。

その原因は気管支にいつのまにか転移していた癌だった。
一ヶ月前はなかったものが
気管支を塞ぐ勢いで急成長していた。

よく働いていたね。
とあえて軽く言ったら
いつものような冗談っぽさがどこにもない表情で
ほんとにね
と返ってきた。

どんな風に気管支を塞いでいるのか
検査することになり、その日まで苦しいだろうから
と入院。

その日、寝ようと布団に入ったら
涙が止まらなくなった。
死ぬわけでもないのに。

2018/08/25

2018 8月に振り返ること


久しぶりにブログを開いたらこの写真があって
いつどんな状況でどんな気持ちだったかとか
すっかり忘れてしまったけれど
こんな時間を過ごした日があったんだ。

日課のように
ほうじ茶を淹れていた。
*

新しいバイト先の人たちが
本当に気持ちの良い人達で。
かなり忙しくハードなスケジュールにも関わらず
誰も人のせいにせず
理不尽な怒りをぶつける人もいない。
若い人たちが多いのに。

そんな事で感動している私は
ここ何年かでそんなにも理不尽な怒りをぶつけられ
人にせいにするなと言われながら
人のせいにして怒られる日を過ごしていた。
ということだ。
そのことがわかっただけで
学んだだけでよかったのだと思う。

弱さや間違いを認められない
許せない事は
とても苦しいことで
連鎖的に、怒りと繋いでいくんだろう。

そして、私の周りは
とても優しい光をもった人たちで
溢れている


2017/04/17

日々のこと 4月のこと / 2017





夜の空気がとても気持ちよくて、九段下から一駅分歩いたら
お堀沿いの桜がとてもきれいだった。
コンビニでビールを買って、桜を眺めながら歩いていたら
とても楽しくなって、もう一駅分歩くことにした。
歩いていたら、2年前の夏に同じようにビールを飲みながら
歩いてはしゃいだ道に出て、懐かしく思い出して
結局新宿まで歩いていた。
2年前は二人だったけれど、この日はひとりで
そのことが寂しくもあり、こういう流れなんだな、と
妙に納得した。
とらわれるのはよくない。
作る時も日々をすごす時も。

自分の生活をする、ということを最近ずっと考えている。
そして、自分のつくるものが自分の生活のリズムの中にある、
ということ。
家族というもの、子供を産む、ということ。
今の状況では
全てちぐはぐで妙にリアリティがない。
「家」にいるのに、自分の生活でもなく
家族というほど近くもない。

仕事をしに行き、生活するように掃除をして
ごはんを作っているけれど、
決して私の家ではなく
最終的には帰る。
いつも、「帰る」時になぜこんなに違和感があり、
寂しくなるのだろうと思っていた。
寂しくなるのがいやで、そっけなく帰ってしまうことも多々ある。

それは、本来なら逆だから。
大切な人のところへ帰るのではなく
ひとりになりに行くから。
日中仕事をしながらどんなに一緒にいても
それは仕事上でのパートナーであり
自分が一番気を抜く時間の相方ではないから。
その自分の気持ちに気がつくのにこんなに時間がかかってしまった。



2017/03/29

日々のこと 3月のおわり


たくさんの言葉をもらって
そこから自分の中で咀嚼して考えて
いつもいつも時間がかかる。

びっくりするくらい変わったことと
ゆっくり変わっていくこと

どう伝えたらいいんだろうなぁと考える日々

自分なりの考えがあること
とか、当たり前のようでいていざ話そうとすると
言葉につまったりする。
ものづくりをしていても、日々変わっていくんだ。

生活の中に制作があること
ごはんを作る
食べてもらう
息を吸って、吐いて
細胞が生まれ変わって
毎日を生きている

2017/03/13

日々のこと 3月


いつも、この時期になるとつらそうだねといろんな人に言われるくらい
花粉症がひどい。
普段は薬を飲まないけれど、この季節だけは飲む。
のに、今年はまだ飲んでいない。
とくに何をしていたわけでもないのに、朝のぐずぐずと
昼間のたまにやってくるくしゃみさえ耐えれば
薬飲飲まないと辛くて!みたいにはならない。

朝、白湯飲んで、ヨーグルト食べて
花粉症に効くハーブティーを水筒に入れて持ち歩いて
夜は柿の葉パウダーを煎茶と混ぜて飲む。
だいぶ水分とってるし、体の成分が草になりそう。
甘いものはなるべくとらないのと、マスクをする。
それくらい。
今年は量が多くないのかな

そういえば、最近はずっと自分で作ったものを食べている。